会計士の「職業的懐疑心」から考える、AIとの向き合い方
AIの業務活用が急速に広がる中で、「AIの回答を鵜呑みにしてはいけない」という指摘をよく耳にするようになりました。この感覚は、実は公認会計士が監査業務で長年大切にしてきた「職業的懐疑心」という考え方と、驚くほど近いものだと感じています。
職業的懐疑心とは
監査基準委員会報告書200では、職業的懐疑心を「監査証拠と矛盾する可能性のある情報や、経営者の陳述の信頼性に疑義を抱かせる情報の存在に常に注意を払い、批判的な評価を行う姿勢」と定義しています。噛み砕くと、次のような姿勢を指します。
- 疑問を抱く心を持ち、鵜呑みにしない
- 提示された情報を批判的に評価し、根拠なしに受け入れない
- 矛盾する情報があれば、違和感を放置せず確かめる
- 相手の誠実性を当然視しないが、かといって不誠実だと決めてかかりもしない、中立的な姿勢を保つ
- 十分な証拠が得られるまで、結論を急がない
これは、経営者や担当者が作成した資料をそのまま信じるのではなく、必ず裏付けを取ってから監査意見を形成する、という監査の根幹をなす考え方です。
AIの回答も、同じように扱う
この姿勢は、そのままAIとの付き合い方に当てはまります。AIは自信満々に、しかし誤った回答を返すことがあります。これは、AIが「嘘をついている」わけではなく、クライアントが悪意なく記帳を誤ることがあるのと同じ構造だと捉えています。だからこそ、AIの出力についても「未検証の情報」として扱い、独立した情報源で裏を取る、矛盾する情報が出たらその場で立ち止まる、という監査的な検証プロセスをそのまま応用できます。
監査実務との具体的な接点:IPEの検証
監査には、「企業が作成した情報(IPE:Information Produced by the Entity)」を監査証拠として使う前に、その完全性・正確性を検証するという実務があります。経営者が作った集計表であっても、そのまま鵜呑みにせず、元データとの整合性を確認してから初めて監査証拠として採用する、という考え方です。
AIが生成した情報も、本質的にはこれと同じ位置づけにあります。もっともらしく整った形で出力されるからこそ、そのまま使わず、元の一次情報(法令の条文、公式データ等)に立ち返って検証する。この一手間が、AI時代における「IPEの検証」だと考えています。
検証にも、リスクに応じた濃淡をつける
とはいえ、監査は全ての取引を検証するわけではなく、重要性やリスクの大きさに応じて検証の濃淡をつけます。AIの活用も同様で、文章の言い回しの提案のような低リスクな出力と、税務判断や法令解釈、数値計算のような高リスクな出力とでは、かけるべき検証の労力がまったく異なります。すべてに同じ熱量で疑ってかかるのは非効率であり、大切なのは「どこに注意を集中させるか」を見極めることです。
おわりに
AIも、クライアントから預かる資料も、「そのまま信じない、しかし頭ごなしに疑わない」という同じ姿勢で向き合う。これは目新しい考え方ではなく、監査という仕事が長年培ってきた基本姿勢そのものです。私自身、日々の業務でAIを活用する際にも、この職業的懐疑心を意識しながら取り組んでいます。
